昔話をもう少し。

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こんにちわ!

小川町店の石原です。

 

3月からシフトが変わりまして、日曜出勤だったのが土曜出勤になりました。

毎週日曜日にニコライ堂の鐘に浄化されながら出勤していたのですが、最近は静かなニコライ堂しかお目に掛かれません。

そのせいか最近腰が痛いんですよね。

また浄化してもらわないといけません。(ちがうかな?´▽`)

 

小松さん、そうですよね!

やっぱし姿勢は大事ですよね。

ぼくもよくご指導させていただくのですが、自分の姿勢こそキチンとしていないといけませんよね。

日頃気にかけてはいるのですが、こうしてデスクワークをしていると気付くと前かがみに・・・

デスクワークは身体に悪いです。

 


 

ところで春ですね。

 

花粉症の人もそうでない人も脳に小さな炎症が起きていて、そのせいで多少なりぼ~っとしたり気分が落ち込んだりするそうです。

そんなアンニュイな気分の中、また昔語りをもう少し・・・

 

 

 

 

 

 

先日、ぼくが大学時代にお世話になった先生から伺ったお話をさせていただきましたところ、一部のかたから強烈に絶賛していただきました。

(先生の具体的なエピソードなんかをお知りになりたい方は、小川町のバックナンバーを検索してくださいね。前の前のお話だったと思います。)

なので調子に乗ってもう一つお話をご紹介したいと思います。

 

 

<縄を見て麻を見る>というお話。

 

またお釈迦様のお話です。

 

日暮れに薄暗くなってきて、足元がよく見えなくなってきた時分に・・・

道端に “縄” が落ちてたりすると、

 

「わ~ヘビだ~!?」

 

なんてなことになります。

インドですからね。

キングコブラとかその辺にうじゃうじゃいます。

青大将やマムシどころの騒ぎじゃありません。

 

 

 

 

 

 

毒の威力が違いますからね、年間多くの方が今でも犠牲になっておられます。

もちろん古代でもその被害は大きく、暮らす人々の警戒心も今よりもっと大きかったに違いありません。

むしろ常にコブラを警戒しながら、恐々道を歩いていたんじゃないでしょうか。叢が少しでもざわついただけでもビクビクしていたと思います。

しかしこれがお釈迦様の場合には、ちょっと違うんですね。

 

お釈迦様は、道端に縄が落ちていたとしても、それが “縄” であることはたちどころに見抜いて、しかもその素材が “麻” であるということまできっちりと見分けてしまう。

らしいんです。

常日頃から冷静に物事を正しく見つめているからこそ、「わ~へびだ~」なんてなことにはならないんでしょうね。

 

しかしこれはお坊さんとか、その道の修行されている方にとっては素晴らしい“模範”となるんですけれども、われわれ世俗に暮らす人々にとってはどうなんでしょうね。

なんでもかんでも全てその本質を見抜いてしまって「あ~あれは縄だ」とか「あ~あれは柳の枝だね」なんてなことになってしまうと、だれもびっくりすることもなくなってしまいます。

エンターテイメントって、人をびっくりさせて喜ぶものですもんね。

人の意外性をついて、あるいはその驚いている人を端から眺めて喜ぶものですもんね。

みんながみんなお釈迦様みたいな人だったら、ちょっと静かすぎて張り合いがなくなっちゃうかもしれません。

 

先生がゆってました。

 

ご婦人なんかは、ちょっとくらい「きゃ~!」って言って驚いてくれた方がいいですよね。

 

って。

 

 

 

高僧が。

 

 

 

 

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